先天性アンチトロンビン欠損症の治療
【先天性アンチトロンビン欠損症】
アンチトロンビン(旧名称:アンチトロンビンIII)は、プロテインCやプロテインSなどとともに、生理的に存在する重要な凝固阻止因子です。先天性アンチトロンビン欠損症(常染色体優性遺伝)では、深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)、肺塞栓(pulmonary embolism:PE)などの静脈血栓症を発症しやすくなることが知られています。
従来、脳梗塞や心筋梗塞など動脈血栓症発症の危険因子とはあまり関係ないと考えられてきましたが、これに対して異を唱える考え方もあるようです。
【血栓症急性期の治療】
DVT、PEなどの静脈血栓症の急性期では、ヘパリン類である未分画ヘパリン、低分子ヘパリン(商品名:フラグミン)、ダナパロイド(商品名:オルガラン)による治療を行います(関連記事:ヘパリン類の表)。これらの薬物は、アンチトロンビンの活性を高めることで抗凝固活性を発揮しますので、先天性アンチトロンビン欠損症では十分な効果を発揮できないことになります。
このような場合には、アンチトロンビン濃縮製剤(アンスロビンP、ノイアート、献血ノンスロン)を併用します。
急性期を脱しましたら、以下の慢性期の治療に移行します。
【血栓症慢性期の治療】
先天性アンチトロンビン欠損症は先天性の疾患ですので、治癒させることはできません。しかし、血栓症を発症させないようにコントロールすることは可能です。
アンチトロンビン濃縮製剤は高価な薬剤ですので、一生にわたり連日のごとく使用することは困難です。アンチトロンビン濃縮製剤は血栓症急性期の治療のみとして用いるのが一般的です。
慢性期には、ワーファリンによる抗凝固療法を行います。血栓症の発症を契機に先天性アンチトロンビン欠損症の診断がなされた場合には、永続的に内服するのが理想ですが、出血の副作用が出ないようにPT-INR(またはトロンボテスト)で厳重なコントロールを行います。
先天性アンチトロンビン欠損症の発端者からの家族調査でこの病気の診断がなされたけれども、また一度も血栓症を発症していない場合の治療に関しては専門家の間でも意見が分かれると思いますが、管理人らは血栓症発症を待たずに弱めのワーファリンコントロールを始めても良いのではないかと思っています。
【妊娠、挙児希望時の注意点】
この病気でなくても、妊娠するだけで凝固活性化状態になります。先天性アンチトロンビン欠損症であれば、極めて厳重な管理が必要になります。
ワーファリンには催奇形性の副作用の問題がありますので、挙時希望の女性や妊娠中の女性には投与できません。この場合、妊娠中はヘパリンによる治療を継続することになります(処方例:カプロシン5000単位、1日2回皮下注)。ヘパリンには催奇形性の副作用はありません。また、必要があれば適宜アンチトロンビン濃縮製剤の補充を行うことになります。
【先天性AT欠損症の将来の治療】
先天性アンチトロンビン欠損症に対しては、遺伝子治療により、アンチトロンビンの発現を正常化させる治療ができる時代になって欲しいと夢みています。
【人類の血栓症治療の将来】
今の人間の、凝固と抗凝固のバランスはとても悪いです。血小板や凝固因子と言った止血因子は本当に必要な量の数倍〜10倍もあるくせに、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなどの凝固阻止因子はぎりぎりの量しか存在しません。
数字で書きますと、血友病Aの患者様でも第VIII因子が10%に低下した場合には軽症血友病になります。ほとんど出血症状はないでしょう。臨床的に出血症状が出やすくなるのは、第VIII因子が5%以下に低下した、中等症〜重症例です。
また、血小板数の正常値は、20〜40万/μLです。もし1/10に低下すれば、3万/μLですが、それだけではほとんど出血しません。特発性血小板減少 性紫斑病(ITP)の患者様でも、血小板数3万/μLあれば無治療で経過観察している方も多数おられます。出血症状がほとんどないからです。
一方で、凝固阻止因子はどうでしょうか?
通常、先天性アンチトロンビン欠損症と言えば、アンチトロンビン活性が50%に低下したヘテロ接合体の方をイメージします。アンチトロンビン活性は半減しますと血栓症を発症しやすくなります。
凝固因子などの止血因子は1/10に低下しても大丈夫であっても、凝固阻止因子の方は半減しただけでも高度の血栓傾向になってしまうのです。このバランス はとても悪いです。それでは、全人類のアンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなどの凝固阻止因子を今の10倍量に増やしてみてはどうでしょうか? この世から血栓症は激減するに違いありません。
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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 04:24| 血栓性疾患 | コメント(3) | トラックバック(0)
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内科も少人数で血液の専門家もいない小さな公立病院で外科医をしています。
調べ物をしているうちにここにたどり着きました。
ぜひ質問させてください。
59歳男性。糖尿病、肥満。上腸間膜静脈血栓症による小腸壊死のため小腸部分切除を行った患者さまです。
術後よりヘパリン→ワーファリゼーション行っています。
術後は縫合不全など大きな合併症はなく、食事摂取も良好ですが皮下の創部感染があります。
術後29日後の採血でATV(活性)(基準値79−121%)54%です。
他の採血データはWBC 5610(neut54%),CRP2.07,肝機能、腎機能正常範囲です。
創部感染無ければ、もうすでに退院しているであろう状態です。
ATV(活性)が低値で先天性アンチトロンビン欠乏症(ヘテロ型)も疑えると思いますが、重症感染症、線溶亢進状態ではATV(活性)が低値になるとあります。炎症反応も正常ではないが低値、ワーファリン内服中(PT-INR2.13)がです。これらでも有意に値に影響するのでしょうか?
因みにプロテインC(抗原量)(70-150%)56%。プロテインS抗原量(65-135)66%です。これらはワーファリン内服中は低値になるので経過を見る必要があると思っています。
宜しくお願いいたします。
投稿者:まだまだ新米外科医: at 2009/11/07 14:29
この度はご訪問ありがとうございます。
ご指摘のごとく、上腸間膜静脈血栓症のようにまれな部位での血栓症では血栓性素因の有無についてのチェックが必要になってきます。
さて、アンチトロンビン(AT)活性ですが、いろんな要素で低下してきます。
AT活性低下の原因
1) 肝予備能の低下:アルブミン、コリンエステラーゼ、コレステロールなどは如何でしょうか?AT活性を経時的に追跡した場合に、肝予備能マーカーと併行して変動していないでしょうか。
2) 血管外へのリーク:敗血症などの重性感染症でみられます。
3) 好中球エラスターゼによる分解:これも敗血症などの重性感染症でみられます。
4) DICの合併による消費:FDP、Dダイマーは、TAT、PICなどは如何でしょうか。
上記の点について全て否定された場合には、先天性アンチトロンビン欠損症が疑われます。家族の検査を行うことが必要になります。
ただし、特に上記1)については慎重な評価が必要と考えられます。
なお、抗リン脂質抗体症候群は否定されていますでしょうか。ループスアンチコアグラントや、抗カルジオリピン抗体、抗カルジオリピン-β2GPI複合体は如何だったでしょうか。
以上、分かる範囲内で書かせていただきましたが回答になっていますでしょううか。
投稿者:血液内科・呼吸器内科: at 2009/11/09 10:05
早速丁寧なお返事ありがとうございました。
創部感染のためかアルブミンがまだ正常化してきていませんので、もう少し経過観察してからAT-V活性再検としてみます。
抗リン脂質抗体症候群も国試以来(国試時に病態把握していませんでした。)耳にする単語で検査は未でした。調べてみます。
ご教授ありがとうございました。
投稿者:まだまだ新米外科医: at 2009/11/09 17:04