深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):整形外科手術、地震災害
深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):概念 から続く。
【整形外科手術と深部静脈血栓症】
深部静脈血栓症(deep vein thrombosis :DVT)や肺塞栓(pulmonary embolism:PE)は、日本人には少ない病気ではないかと考えられてきた歴史があります。しかし、それは大きな間違いでした。
たとえば、整形外科手術後には、高頻度でDVTを発症しますが、日本人での発症頻度と欧米人での発症頻度はほとんど変わりません。
人工股関節置換術(THA)後には、日本人でも 20〜30%でDVTを発症しますし、人工膝関節置換術(TKA)後には、 50〜60%でDVTを発症します。これらの発症頻度は、欧米人とほとんど同じです。日本人においても、整形外科術後のDVT発症率はとても高いことがわかります。
上記の手術対象疾患は、通常悪性疾患ではなく良性疾患です。手術が成功しても、術後に深部静脈血栓症→肺塞栓(いわゆるエコノミークラス症候群)を発症して、致命症になっては大変です。近年、フォンダパリヌクス(商品名:アリクストラ)、エノキサパリン(商品名:クレキサン)などのヘパリン類が、術後DVT発症予防薬として、速やかに保険収載されました。当局としても、術後DVT発症予防に力を入れていることが伺えます。
さて、人工股関節置換術(THA)後と、人工膝関節置換術(TKA)後を比較した場合に、なぜ後者の方がDVTの発症率が高いのはなぜでしょうか? 後者手術の場合は、手術に際して、手術部位の近位も遠位も駆血します。そのために、血流がより鬱滞しやすく、血栓を形成しやすいようです。
【地震災害と深部静脈血栓症】
深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群)について知っておかなければいけないこととして、地震災害時の発症をあげることができます。
先の、新潟中越大震災の際に、被災者、特に車中泊をされていた方々に深部静脈血栓症/肺塞栓が多発されたことが知られています。車中泊を行っていますと、下肢をあまり動かすことができずに筋肉ポンプが働きません。そうしますと、下肢に血液が淀むために血栓(深部静脈血栓症)ができやすくなるのです。
地震小康時に車外にでますと、歩行に伴う筋肉収縮とともに一気に下肢の筋肉ポンプが働きます。下肢に形成された血栓が筋肉ポンプの作用によって飛んで肺動脈に閉塞しますと、肺塞栓です。致命症になることがあるのです。
このことを教訓に、日本でのその後の地震では、車中泊はほとんど行われなくなっているようです。
当時の地震の際に、とても貴重な検討がなされています。巡回診療により、車中泊の方のDVT/PEの有無を検討したものです。何と、驚くべきことに、約3割の方でDVT/PEが検出されています。車中泊がいかに良くないかを示す成績ではないかと思います。
2007年の能登半島地震 では、車中泊はほとんど無かったと聞いています。
しかし、それにもかかわらず、被災地での検査(下肢静脈エコー)の結果では、1割を超える方に、深部静脈血栓症(DVT)が見つかったと聞いています(当院検査部ボランティア活動からの情報)。つまり、地震災害では、車中泊以外の要素も、深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群発症)発症と関連しているようです。
地震災害時のエコノミークラス症候群発症の原因
1)下肢を動かさない状態:
車中泊は良くないです。また、弾性ストッキングを着用して下肢静脈血流を良くしましょう。なお、ボランティア活動の一環として、被災地にはしばしば大勢分の弾性ストッキングが搬入されると聞いています。
2)脱水状態:
十分な水分を摂取できない状態が予想されます。脱水は血液粘度を高め、血栓症を誘発します。
3)ストレス:
地震災害時のストレスはどうしようもないかも知れません。
4)睡眠薬:
睡眠薬による血管拡張作用(血液が滞留しやすくなる)、睡眠薬により睡眠中の動きが少なくなることなどが原因ではないかと考えられます。地震に伴う不眠が予想されますが、深部静脈血栓症には留意が必要です。
なお、車中泊はしない方が良いのですが、特殊状況下では車中泊をせざるをえないことがあるかも知れません。管理人は、車の中には、家族全員分の弾性ストッキングを保管しておいてはどうかと、真剣に考えています。
(続く)
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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 06:09| 血栓性疾患 | コメント(0) | トラックバック(0)