2018年06月21日
先天性アンチトロンビン(AT),プロテインC・S欠乏症の遺伝子検査
はじめに
アンチトロンビン(AT)、プロテインC(PC)、プロテインS(PS)活性低下と因果関係のある遺伝子変異が同定されれば、先天性AT、PC、PS欠乏症(欠損症)の診断が確定します。
検査の内容
血栓症(おもに静脈血栓症)患者で、AT、PC、PS活性低値を示し(まれに正常値のこともあります)、血栓症の発症年齢、血栓の部位、家族歴などから先天性AT、PC、PS欠乏症が疑われた場合に、患者の遺伝子を調べることにより確定診断をするための検査です。
解析対象はおもにAT、PC、PS遺伝子のエクソン部分ですが、イントロンに変異が同定されることもあります(上図)。
The Human Gene Mutation Database: www.hgmd.cf.ac.uk/
比較的頻度の高い特定の変異(PS Tokushimaなど)を検出する方法(PCR-Restriction Fragment Length Polymorphism : RFLP法、Single Nucleotide Polymorphism : SNP解析など)、エクソンおよび近傍領域に限定したDNAシークエンシング(図の★印)、広範囲に渡る遺伝子領域の欠失や重複を検出する方法(Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification : MLPA法)、ゲノムやエクソームを網羅する次世代シークエンシングなどがありますが、どれも一部の大学等で実施されているレベルで、一般的な検査としては普及しておらず、保険収載もされていません。
異常となる病態・疾患
AT、PC、PS活性低下との因果関係が既に明らかとなっている遺伝子変異が同定されれば、先天性AT、PC、PS欠乏症の診断が確定します。
リファレンス配列(既に配列が決定、公開されているゲノム配列)と異なる遺伝子配列が同定されただけでは、それがAT、PC、PS活性低下をもたらしたということはできず、家系調査、変異蛋白の発現実験・機能解析などにより因果関係を示すことが必要です。
また、変異が同定されなくても、厚生労働省の診断基準を満たせば「特発性血栓症」として公費で治療を受けられます。
平成29年4月1日施行の指定難病(厚生労働省):http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000085261.html
注意点
先天性AT、PC、PS欠乏症の遺伝子検査の意義と課題を表1に示します。
遺伝子検査は費用も労力もかかるので、やみくもに実施するのではなく、検査が有意義な症例を選別するべきです。
1) 変異が同定されなかったからといって、先天性AT、PC、PS欠乏症が否定されるわけではありません。
当研究室での遺伝子検査による変異同定率を表2に示します。
AT欠乏症は、PC欠乏症やPS欠乏症と比べて血栓症の発症リスクが高い上、高率に変異が同定されるため、遺伝子検査の確定診断への寄与が大きいです。
一方、PC欠乏症やPS欠乏症では、明らかな家族歴があっても変異が同定されない場合があることを認識し、対象者に説明するべきです。
2) 測定試薬によっては活性が正常値となる、まれな先天性AT、PC欠乏症が存在します(表3)。
一部の先天性AT異常症(活性中心部位またはヘパリン結合部位に異常のある異常症)では、測定試薬によっては活性低下が反映されず、正常値を示すことがあります。
また、一部の先天性PC異常症(PC K193delなど)は、合成基質法で正常値を示します。
臨床症状や家族歴などから先天性血栓性素因が強く疑われるにも関わらず、AT、PC活性値が正常な場合、異なる試薬で測定すると活性低下をとらえられることがあります。
このような症例では、遺伝子検査が確定診断に有効です。
3) 遺伝子検査の結果は、本人のみでなく、家族や親戚にも影響します。
遺伝子検査の特殊な点は、結果が本人だけのものではないということです。
検査実施にあたっては、本人のみではなく家族や親戚の病気もわかってしまう可能性があることを、あらかじめ対象者に説明する必要があります。
対象者によっては遺伝子検査を希望しない場合もあります。
一方で、遺伝子検査により未発症の保因者への血栓症予防指導が可能となることは、先天性血栓性素因の遺伝子検査の最大の意義であると考えられます。
遺伝子検査を実施する施設は、このような事前、事後のカウンセリング体制も備えていることが望ましいです。
4) 遺伝子検査を他施設に依頼する際の留意点
遺伝子検査を実施できる施設は限られるため、他施設に検査を依頼する際には、以下のような点に留意するとよいです。
・後天的なAT、PC、PS活性低下要因を極力除外します。
・血栓症の家族歴を入念に聴取し、可能であれば家系員のAT、PC、PS活性を測定します。
・遺伝子検査を依頼する際は、AT、PC、PS活性値のみならず、測定に用いた試薬名も依頼先に伝えるようにします。やむを得ず不適切な条件下で活性測定をした場合は、その情報(妊娠中、血栓症の急性期、抗凝固療法中の場合は薬剤の種類、開始時期、同時に測定されたPT、APTTなど)も提供します。
・ 遺伝子検査は、対象者の遺伝情報を取り扱うという特殊性から、検査を依頼する施設、実施する施設双方において、血漿や血清を用いた検査とは異なる倫理審査などの手続きが必要です。
ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(厚生労働省): http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/genome/0504sisin.html
5) 遺伝子検査ではないが意義の近い検査が開発されています。
PS Tokushimaのような日本人において頻度の高い変異を、血漿を用いたELISA法で検出する方法が開発されています。
遺伝子検査よりも簡便に実施することができ、今後広く用いられることが期待されます。
まとめ
1)「特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る)が厚生労働省の指定難病に追加され、確定診断の決め手となる遺伝子検査の需要が増しています。
2)全ての先天性AT、PC、PS欠乏症で変異が同定されるわけではありません。
3)遺伝子検査は費用と労力がかかるため、実施する症例を見極める必要があります。
4)遺伝子検査は、結果が本人だけではなく家族や親戚にも影響するため、検査前後にわたるカウンセリング体制が重要です。
5)遺伝子検査を診断のためだけではなく、保因者への血栓症予防指導にも活用することが肝要です。
<リンク>
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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 01:33| 血栓性疾患