血液グループ(血栓止血)

血液グループ(血栓止血)

血栓止血研究室は、当初は「凝固研究室」と呼称しましたが、私達が属する最も重要な学会の名前を借りて現在は「血栓止血研究室」と呼称しています。おかげさまで金沢大学は、血栓止血の臨床と言えば真っ先に上がる医療機関の一つにならせていただけたと思います。これも前教授の松田先生と現教授の中尾先生の温かいご指導の賜物、志を同じくした研究室スタッフ、共同研究者など多くの皆様の努力の結集のおかげと、感謝しています。
 血栓止血研究室は、血栓止血学を臨床・研究・教育のテーマとしています。内科系、外科系の全ての臨床各科、あるいは検査血液学、臨床検査医学など、多くの他領域と関連が深いのも特徴です。
 さて、当研究室の医局員スタッフは学内外を合わせて計10人です。大学病院の血栓止血外来は、朝倉、森下、林、門平が担当していましたが、平成26年4月から、松浦にも血栓止血外来をお手伝いいただいてきました。またこれまでに、薬学部修士課程大学院生13人との共同研究を行ってきました。保健学科、検査部との共同研究も継続されています。研究助手の穴田さんには、長きにわたり研究室のためご尽力いただいています。

当研究室は、一貫して「血栓症の克服」に向けて臨床、研究、教育を進めています。特に、DIC病態解析と治療法の改善、静脈血栓塞栓症(VTE)の診療、抗リン脂質抗体症候群(APS)の病態解析・臨床、血栓性疾患の病態解析、凝固異常症の遺伝子解析などは、私達が最も力を入れているところです。

本年も、直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC、旧名称:NOAC)に触れておきたいと思います。現在日本で使用可能なDOACは4剤あります。具体的には、ダビガトラン(プラザキサ)、リバーロキサバン(イグザレルト)、アピキサバン(エリキュース)、エドキサバン(リクシアナ)です。4剤とも、非弁膜症性心房細動に対して処方可能ですが、エドキサバン、リバーロキサバン、アピキサバンは、VTEにも処方可能です(本稿執筆時点)。エドキサバンは、VTEに対して最初に保険収載されたため、現時点ではVTEに対して最も使用されているDOACではないかと思います。
 当科にコンサルトいただくVTEは、そのかなりの割合が担癌患者さんです。おそらく全国的にも担癌患者でのVTEに対して、DOACの処方件数が多いものと推測しています。経口抗凝固薬としてワルファリンしかなかった時代には、コントロールに大変苦慮しました。化学療法にともなって食事摂取量が大きく低下することも多く、また白血球数低下に伴い感染症を併発しますと抗生剤を使用します。そのような場合にはワルファリンの効果が強くなりすぎました(高度の出血症状の出現でコンサルトいただいたことも多いです)。DOACではこのような懸念がありません。
 また術前検査の中でVTEが発見されることも多いですが、ワルファリンですとコントロールに入いる前に手術のタイミングになってしまったり、あるいはコントロールに入ってまもなく手術にそなえてワルファリンを中断する必要がありました。こんな場合であっても、DOACであれば、投与当日から効果を発揮しますし、手術直前まで投与しても大丈夫です(DOACの半減期は半日のため)。

急性VTEに対する抗擬固療法とVTE再発またはVTE関連死亡

このように、担癌患者でのVTE治療は本当に容易になったと実感しています。これも、DOAC登場の恩恵ではないかと思います。効果の点でも、担癌患者さんにおけるワルファリンの効果は今ひとつの印象を持っていましたが、引用図のようにDOACの効果の方が優れています。加えて、DOACはワルファリンと比較して有意に出血の副作用が少ないのも魅力です。
 個人的には、抗リン脂質抗体症候群(APS)の不育症症(習慣性流産)に対して、将来DOACを使用できないかと思っていますが(ワルファリンは催奇形性あり)、この将来がいつくるかは不透明です。
 DICに対してワルファリン(基質としての凝固因子VII、IX、X、II活性を低下させます)を投与しますと大出血をきたしますので絶対禁忌です。DICをコントロールするためには、基質としての凝固因子を低下させても全く無効であることは、凝固因子が枯渇した劇症肝炎でもDICを発症することから理解できます。DICをコントロールするためには、活性型凝固因子(トロンビンやXaなど)を抑制することが不可欠です。この点、DOACはDICに対して有効である可能性があります(Hayashi T, et al: Ann Intern Med, 2014)。
 大動脈瘤、巨大血管腫などに合併する慢性DICの患者さんは少なくなく、DICのために退院しがたいケースも多々あります。そのような場合、従来であれば、1)ダナパロイド(半減期の長いヘパリン類)を1(〜2)日に1回外来で静注(線溶活性が極めて高度で出血の懸念のある場合は、経口のトラネキサム酸の併用:ただし安易な併用は致命的な血栓症を誘発しますので専門家に相談して慎重に判断する必要があります)、2)ヘパリンの在宅自己注射(皮下注)のいずれかを行ってきました。現在もこれらの治療が標準的ではありますが、DOACでコントロール可能であれば、患者さんにとって大きな恩恵となります。今後の展開を期待したいと思います。
 DIC研究に関しては、日本血栓止血学会 学術標準化委員会(SSC)の「DIC部会」の部会長として朝倉が4年間の任期を全うしました。その間、日本における一般内科や血液内科領域のみならず、救急・外科・臨床検査などの種々領域でのDICの臨床、研究が大きく向上しました。金沢大学から発信してきたDIC病型分類の概念も浸透してきたと思います(Asakura H. Classifying types of DIC: clinical and animal models. JSH-EHA Joint Symposium <Basics and clinic of DIC>, 2015)。

Classification of clinical DIC types

 その後、日本血栓止血学会の諮問機関「DIC診断基準作成委員会」(委員長:朝倉)が結成されて、遂に平成26年10月新しいDIC診断基準が発表されました。旧厚生省DIC診断基準(原典は1980年)が30年以上にわたって使用されてきましたので、30年以上ぶりに改訂されたことになります(DIC診断基準作成委員会:日本血栓止血学会誌
Vol. 25 (2014) No. 5 p. 629-646)。

抗リン脂質抗体症候群(APS)に対しても精力的にとり組んできました。当科の「血栓止血外来」で診療を受けられる患者さんの多くでAPS関連の疾患を持っておられますので、臨床的にも比重の大きい重要疾患であり,外来担当者全員で診療にあたっております。H27年度より森下が北海道大学第2内科渥美達也教授を代表とする厚労科研『抗リン脂質抗体関連血小板減少症の病態解明と治療指針の構築に関する研究』の研究分担者となっため、血小板減少と抗リン脂質抗体との関連について臨床的な検討を開始しました。また、森下は日本血栓止血学会学術標準化委員会(SSC)「抗リン脂質抗体症候群部会」の部会員として、抗リン脂質抗体の標準化に取り組んでおり、診断時に利用できるような基準値を作成中です。APSはいまだ不明の部分も多い疾患群ですが、徐々に解明され、コントロール可能となっていくことを、大いに期待して研究に取り組んでおります。
 先天性凝固障害の分子病態に関する研究としては、森下および保健学科の学生らを中心に、凝固因子および凝固阻止因子の分子異常について幅広く研究しています。森下は慶応大学村田満教授を代表とする厚労科研「血液凝固異常症等に関する研究」の「特発性血栓症/先天性血栓性素因」サブグループのグループリーダーとして、先天性血栓性素因を「指定難病」に認定することを目指し、診断基準ならびに重症度分類の作成を行い、昨年10月に厚労省に申請いたしました。今後、作成した診断基準、重症度分類をさらに検討した後、日本血栓止血学会を通して全国に発信したいと考えております。
 さて、先天性血栓性素因の研究面としては、以前から継続しておりますアンチトロンビン(AT)、プロテインC(PC)、プロテインS(PS)などの凝固阻止因子欠乏症の症例の遺伝子解析を行い、その変異部位の同定を行っています。当研究室が行った141家系204症例の遺伝子解析の結果を図に示します。

表と変異の割合の円グラフ

変異の割合を見ますと約半数がPS欠乏症であり、日本人ではPS欠乏症、特にPS Tokushima変異が多いとの報告と一致しております。しかしながら、変異の同定率は33%と極めて悪く、現状の遺伝子解析手法における限界を感じております。一方、AT欠乏症の変異同定率は91%と良好であります。PS、PC欠乏症の変異同定率が悪い理由の一つとして、後天性に低下している症例が相当数含まれていることが考えられ、今後は活性値で先天性と後天性とを鑑別できるような手法が必要です。その一つの方法として、PS Tokushima変異を血漿検体を用いて遺伝子解析をすることなく、ELISA法で検出できる方法を国立循環器病研究センターの宮田先生と共同で開発しました(特許出願済み)。PS Tokushima変異は一般人口の55人に1人が保因者なので、このキットが今後臨床で有効に利用されることを願っております。
 前回紹介させていただいた「しみじみわかる血栓止血 vol.1 DIC・血液凝固検査編」は、多くの皆様にご評価いただきました。この場を借りまして、御礼申し上げます。

しみじみわかる血栓止血 vol.2  血栓症・抗血栓療法編

このシリーズの第2弾が発刊されました。「しみじみわかる血栓止血 vol.2  血栓症・抗血栓療法編」です。半分くらいの内容は、医療関係者ではなく一般の方でもお読みいただけると思います。DOACについても十分な記載がされています。表紙絵のようにセンベイを食べながら、一晩でお読みいただけるのではないかと思います。

以上、私たち血栓止血研究室は、生体の最も基本的な生理反応である止血と、人類が克服すべき血栓症を扱っています。また、この領域は追求する程に味わいのある深淵な学問であると思っています。志を同じくする同志が一人でも増えることを願ってやみません。

(文責:朝倉英策)