血液内科
ドナーリンパ球の威力 -ドナーリンパ球輸注(DLI)-
●はじめに
造血幹細胞移植に携わる血液内科医にとってはまさに「コロンブスの卵」であったドナーリンパ球輸注(donor lymphocyte infusion: DLI)の登場で、机上の空論ではないかと危惧されていた同種免疫による抗腫瘍効果が見事に実証されました。本セミナーでは、研修医や医学生の皆さんがDLIに関する論文を読む際に知っておくと役立つ基礎的な事項を解説したいと思います。
●DLI開発のヒント
同種骨髄移植(bone marrow transplantation: BMT)では、最も重大な合併症の一つである移植片対宿主病
(graft-versus-host disease: GVHD)のコントロールが治療成績を大きく左右します。ところが、同種BMT後の白血病再発例の中に、
GVHDの発症に伴って再寛解が得られる例があることが報告されたことから、GVHDには何らかの抗腫瘍効果が付随するのではないかとの推測が生まれました。
Horowitzらは、human leukocyte antigen(HLA)適合同胞ドナーより同種BMTを受けた2254名の白血病患者をGVHDの有無等で6群に分け、それぞれの群の再発率を比較しました。
その結果、急性あるいは慢性GVHDを発症した群では再発率が低いことが判明し、GVL(graft-versus-leukemia)効果はGVHDの発症に強く関連していることが指摘されました。
しかし、たとえGVHDを発症しなくても、同種移植であれば同系移植(双子からの移植)に比べて再発率が低かったことから、
GVL効果の発現にGVHDは必ずしも必要ではないこともわかりました。一方、欧米ではGVHD予防目的で移植骨髄よりT細胞をあらかじめ除去することがあります。
T細胞除去骨髄移植ではGVHDの有無にかかわらず再発率が高かったことから、GVL効果を担当しているのはドナー由来のT細胞であることが示唆されました。
1990年、Kolbらは同種BMT後の慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia, CML)再発患者3例に対し同一ドナーから採取したリンパ球を輸注したところ、
GVHDの発症に伴って再寛解が得られたことを報告しました。その後、世界中で様々な造血器腫瘍に対するDLIの追試がなされ、DLIは細胞免疫療法の中心にすえられるようになりました。
●DLIの実際
CMLの慢性期再発に対しては約8割の症例に寛解をもたらすことが明らかとなり、本疾患に対するDLIの有効性は既に確立されています。
金沢大学血液内科で実施した本邦の全国集計でも同様の結果が得られています。しかし、imatinib(イマチニブ)の登場以降、CMLに対する治療方針が大きく変貌し、
造血幹細胞移植の実施件数自体が大幅に減少しました。また、DLIが無効であった移植後再発例に対してもimatinib投与にて再寛解が得られたとの報告もあり、
今後はDLIとimatinibの使い分けが検討課題になると思われます。
一方、急性白血病に対するDLIの再寛解導入率は極めて低く、たとえ寛解が得られたとしてもDLIのみでの永続的な効果は期待できません。
急性白血病に対するDLIの効果が乏しいのは、GVL効果が全く誘導されないからではなく、
GVL担当T細胞が充分に増加する前に白血病細胞が圧倒的に増えてしまうことが原因の一つと考えられます。
そこで、金沢大学血液内科では、WT1や白血病に特異的なキメラ遺伝子を指標として、白血病細胞がごく少数しか存在しない再発早期(分子再発)の段階をうまく捉え、
その時期に予防的DLIを行う「臨床試験」を実施しました。残念ながら登録症例数が不十分であったため、
この戦略の有用性を証明するには至っていませんが、われわれが経験した症例では免疫学的interventionによって再発を防げる可能性が示唆されています。
●同種免疫のメカニズム
同種免疫を司る主役がドナー由来のCD3陽性T細胞であることはもはや周知の事実ですが、そのT細胞が認識する標的抗原についてはほとんど解明されていません。
T細胞が認識する抗原の候補としては,①腫瘍細胞のみに発現し正常細胞には認められない腫瘍特異抗原、②元々正常細胞にも発現しているものの腫瘍細胞に優位に発現している腫瘍関連抗原、
および③マイナー組織適合抗原(minor histocompatibilty antigen: mHa)が挙げられます。
BCR-ABL に代表される腫瘍特異抗原は同種免疫の標的抗原としては最も理想的であるものの、これらが応用できる疾患はごく一部に限られています。
腫瘍が過剰発現しているWT1やproteinase 3などの腫瘍関連抗原に対しては、担癌患者では寛容が成立しているため抗腫瘍免疫は誘導されにくいのですが、
BMT後に構築されるドナーの免疫は「寛容」しないためワクチンによって強い免疫が誘導される可能性があります。現在これらの腫瘍ペプチドを用いた臨床試験が進行中です。
mHaとは、移植治療の成否を決定し得る同種抗原のうち主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex,MHC)以外の組織適合抗原のことです。
mHaは、HLA一致の同胞ドナーからの造血幹細胞移植後に起こるGVHDの標的抗原と考えられています。mHa発現はHLAと異なり組織特異性や組織による発現量の違いがあるので、
標的となるmHaの選択によりGVHDとGVLの分離が可能となるのではないかと考えられています。
●DLIによって実証されたドナーリンパ球の威力
DLIがもたらす同種免疫によって一部のがんを治せることが初めて立証された結果、
同種造血幹細胞移植の目的も前処置の増強による悪性細胞の破壊よりも、ミニ移植に代表されるGVL効果の誘導にシフトしてきました。
ドナーリンパ球が持つこうしたポテンシャルをうまく活用するための様々な工夫(臨床試験)が世界中で試行されており、今後の成果に期待したいと思います。
2008年9月5日
山﨑宏人