血液内科

血栓症と抗血栓療法のモニタリング

1. はじめに
 日本における心筋梗塞や脳梗塞といった血栓性疾患(血栓症)による死因は、全体の3分の1を占めるまでに増加しており、悪性腫瘍とともにその予防、
診断ならびに治療が重要である。
2. 血栓症の分類
 心筋梗塞や脳梗塞は、血流の速い環境下での血小板活性化(血小板血栓)による動脈血栓が主病態である(当然ながら凝固活性化も見られるがその比重は血小板活性化より小さいと考えられている)。
そのため、動脈血栓症の発症予防には、抗血小板薬(アスピリンなど)が有効である(表1)
一方、深部静脈血栓症、肺塞栓、心原性脳塞栓症は血流の滞留した環境下での凝固活性化(凝固血栓)が主病態である。そのため、これらの静脈血栓症の発症予防には、抗凝固薬(ワルファリンなど)が有効である(表1)。
 これらの凝固活性化に伴う血栓症および血栓準備状態の病態を評価するための有用な指標と考えられるのが、血管内での凝固活性化状態を反映する分子マーカーである。
血管内における凝固活性化の結果、最終的にトロンビンが形成されると、フィブリノゲンはフィブリンに転換する。トロンビンと、その代表的な阻止因子であるアンチトロンビンが1対1で結合したものが、
トロンビン-アンチトロンビン複合体 (TAT)と呼ばれている凝固活性化マーカーである。
 プロトロンビンがトロンビンに転換する際、プロトロンビンから遊離するプロトロンビンフラグメント1+2(F1+2)、フィブリノゲンからフィブリンに転換し、
安定化フィブリンが形成される過程で生成される可溶性フィブリン(SF)やフィブリンモノマー複合体(FMC)も凝固活性化のマーカーとして用いられている。
さらに、形成されたフィブリンにプラスミンが作用し線溶が起こるとDダイマーが血中に出現するため、Dダイマーは凝固・線溶両者の活性化の指標になると考えられる(図1)
3. 心房細動に対する抗血栓療法
 心原性脳塞栓症の主な原因として知られている心房細動では、心内血流うっ滞が引き金となり、心内局所で凝固反応が促進され、フィブリン主体の血栓(凝固血栓)が形成される。
心房細動症例では、TAT、F1+2、D-ダイマー、FMといった凝固活性化マーカーが著増する例がみられている(図2)1)
 心房細動症例においては血栓形成機序に凝固活性化の関与が大きいことから、基本的な考え方としては抗凝固療法であるワルファリン(商品名:ワーファリン)が第一選択薬となる。心房細動症例に対し、
アスピリンとワルファリンによる併用療法とワルファリン単独療法との比較を行った試験では、血栓塞栓症の合併という点で比較した場合、予想に反し併用療法の成績が悪く、
ワルファリン単独療法の方がより予防効果が得られるという結果であった(図3)2)。このような大規模臨床試験の結果からも、
心房細動症例においては、凝固活性化が主病態であるため、ワルファリンにより凝固活性化を充分に抑制することが血栓塞栓症の予防には有効であり、
たとえアスピリンによる抗血小板療法を併用していてもワルファリンによる抗凝固療法が不十分であると抗血栓療法としての効果は減弱する、ということを意味しているものと考えられる。
 心房細動症例をF1+2で評価した検討では、抗血栓療法を行わない症例においてF1+2が高値を示した場合、
アスピリンによる抗血小板療法を行ってもF1+2の低下は認められていないが、ワルファリンによる抗凝固療法を行ったところF1+2は正常域に入ったことが確認されている3)
4. ワルファリンとPT-INR
ワルファリン投与下にある心房細動症例においてPT-INRとF1+2の相関関係を検討した報告では、両者の間に有意な負の相関関係がみられた(図4)4)
しかしながら、PT-INRが6.0を超えるような強力なワルファリン療法が行われている場合でも依然としてF1+2が高値を示す症例や、
逆にPT-INRがそれほど高くない場合でもF1+2が抑制されている症例も認められており、一症例毎に評価した場合には、必ずしも負の相関が当てはまるわけではないとも考察される。
 さらに、心房細動症例に対し抗凝固療法を行い、PT-INRと出血や塞栓症の頻度を検討した結果、PT-INRが高くなり過ぎた症例では、
副作用としての大出血が増え、PT-INR2.0~3.0で最もイベントが起きにくいということが示されている5)
 注目すべき点は、PT-INRが低い場合には確実に血栓塞栓症の頻度は高くなるが、出血の副作用が懸念されるようなPT-INRがかなり高いワルファリンコントロール下でも、
依然として血栓塞栓症を合併しているという点である。すなわち、PT-INR5.0以上では高頻度に大出血を認めているが、一方で血栓塞栓症も発症している
この点、PT-INRは、出血予防のモニタリングとしての意義が大きく、治療効果判定のモニタリングとしての有用性は低いのではないかとも考えられる。
 これらの検討から抗凝固療法のモニタリングとして、PT-INRあるいはトロンボテストはワルファリンの副作用である出血を予防するための指標として、一方でF1+2は、
凝固活性化状態が是正されているかどうかの効果判定の指標として、というような検査の使い分けが可能ではないかと考えられる(表2)
5. へパリン類とAPTT
 へパリン類はワルファリンと並んで血栓性疾患に対する抗凝固療法として頻用される注射薬剤であるが、
そのモニタリングをどうするかについては専門家の間でも意見の分かれるところである。
現在、日本で使用可能なヘパリン類は、未分画ヘパリン、低分子ヘパリン、ダナパロイドナトリウムの3種類である。
抗Xa/トロンビン比あるいは半減期に大きな差異があるため、使用に際しては各薬剤の特徴を見極めながら選択することが臨床的に重要と考えられる。
 未分画ヘパリンは、従来、血栓性疾患に対する投与については、欧米などでは、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を正常の1.5~2.5倍程度に延長する方法が推奨されてきた。
しかし、これ程までにAPTTを延長させる治療は、出血の懸念もあり、日本の通常の臨床の現場においてはあまり行われることがない。
著者らは血栓症に対しては未分画ヘパリン10,000~15,000単位、DICに対しては5,000~10,000単位/日程度の用量であれば、
APTTによるモニタリングを厳重に行わなくても、出血の副作用がなく、かつ有効性を低下させずに使用可能ではないかと考えている。
 低分子ヘパリン(商品名:フラグミンなど)は、保険適用はDICと血液透析であり、DICに対しては75単位/kgの使用が認可されている。
低分子ヘパリンは、未分画ヘパリンよりも出血の副作用が少ないという点では今後さらに使用頻度が増す可能性が高い。
ただし、未分画へパリンと同様にモニタリングをどうするかという点については議論が分かれるところである。
 ダナパロイドナトリウム(商品名:オルガランなど)は、半減期が非常に長いために、24時間持続点滴で患者を拘束する必要がないという特徴がある。
保険適用はDICのみであるが、欧州では深部静脈血栓症(DVT)症例に対しても頻用されている6)
抗Xa/トロンビン比が高いため出血の副作用は少ないとされているが、腎機能障害がある症例では代謝が遅延するため、用量を減ずることが必要と考えられる。
 へパリン類の効果と副作用の評価に関しては、臨床検査医学的な観点からは、APTTを延長しすぎると副作用としての出血が懸念される。
治療効果判定および中止の判断は、TAT、Dダイマー、FDPなどで行うことが可能ではないかと考えている(表2)
6. 深部静脈血栓症/肺塞栓症とDダイマー
 深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT)および肺塞栓症の発症原因としては、長期安静(臥床)、悪性腫瘍、整形外科領域の手術、
先天性・後天性の凝固異常などが挙げられる。DVTの罹患血管は下肢を中心とした深部静脈で、疼痛、腫脹、発赤、熱感といった臨床症状を認めるが、無症候性のものも多い。
 肺塞栓症は、DVTに合併しうる重篤な病態である。下肢深部静脈に生じた血栓が静脈血流に乗り、右心房から右心室、肺動脈へと流れ肺塞栓症を発症する。
典型例では、突発性の胸痛、呼吸困難、血痰、喀血、ショック、意識消失などを呈するがDVTと同様、無症状に経過する例も少なくない。
 診断には、下肢静脈エコー、造影CT、肺血流スキャンといった画像診断が不可欠であるが、近年DダイマーのDVT/肺塞栓症診断における意義が特に注目されている。
すなわち、DVT疑い例では、除外診断にDダイマーが極めて有用であるということが明らかとなり、臨床の現場で頻用されるようになっている7)。
DVTとDダイマーに関した報告としては、感度、特異度、陰性的中率の中でも、陰性的中率が98.9%と高値を示している8)
特異度は低いために、Dダイマーが高値を示していても必ずしもDVTとは限らないが、逆に、Dダイマーが正常であればDVTを極めて高い可能性で否定できることになる。
DVTの診断手順の中に血中Dダイマーを取り入れることにより、要領よく検査を進めることが可能である。
 DVT症例においてDダイマーとSFの経日的な変化を追うと、SFは発症当日にピークが出現し、速やかに低下していくのに対し、Dダイマーは発症翌日にピークが出現し、
その後も1週間近く遷延するという結果も報告されている9)。
 DVTの治療において、ワルファリンの投与期間については定まった見解がないというのが現状であるが、
ワルファリンの投与期間を決定するにあたりDダイマーの測定が有用であるとする報告がみられる10)
ワルファリンを中断して1ヶ月後のDダイマー値が高値であった場合はDVTを再発しやすいという結果が得られており、
ワルファリン中止後のDダイマーを追跡し、上昇傾向を認める症例では注意が必要と考えられる。
さらに、その時点でワルファリンを再開することによりDVTの再発を抑制できるということも示されている。
したがってワルファリン中止後のDダイマーの変動(上昇してくるかどうか)は、その後の治療方針を決める際の参考になる可能性があると考えられる。
7. 人間の出血と血栓(研修医の皆さんへ)
 現代社会を生きる人間は、出血ではなく血栓症により致命的になりやすい。
我々人間は、血小板、凝固因子といった止血因子は必要量の10倍以上備わっており、
しかもマルチステップの凝固カスケードによる増幅反応も充分であるため出血に対する備えは万全と考えられる。
 一方、人間は血栓に対しては非常に弱い動物である。例えば、内皮結合型のアンチトロンビンのように、
活性を有する凝固阻止因子の予備量が少ないことがその理由として挙げられる。さらに、凝固カスケードと比較して、
凝固阻止反応や形成された血栓を溶かす線溶カスケードの増幅システムは極めて貧弱である。
 このように人類は、元来出血に対しては強力に対抗できるものの、血栓症に対してはとても弱い動物と考えられる。
こういった生物学的背景もあり、心筋梗塞、脳梗塞、四肢の動静脈血栓症、肺塞栓など血栓性疾患の発症はますます増加しており、医療上も非常に大きな問題となっている。
動脈血栓症の発症に大きな影響を及ぼしている高血圧や糖尿病、高脂血症といった生活習慣病については、早期予防・早期診断に重点が置かれるようになり、
定期健康診断などの場で評価される機会が増えてきている。一方、血栓性疾患そのものに関して言えば、
脳ドックなどで画像学的な評価を受ける環境はあるものの未だ十分に普及しているとは言い難い。血栓性疾患の早期予防・早期診断という観点からも、
凝固活性化を評価する凝血学的検査がスクリーニング検査として健康診断の検査項目に組み込まれてもいいのではないかと著者らは考えている。
 凝血学的検査の開発、普及により、今日では様々な血栓性疾患の病態を適確に捉え、評価することが可能となった。
血栓性疾患の病態解明のみならず、発症予防や早期診断、治療のモニタリングなどを目的とした臨床の現場における凝血学的検査の有効利用が今後益々期待される。
参考文献

  • 1) Thromb Haemost 75: 219-223, 1996.
  • 2) Lancet 348: 633-638, 1996.
  • 3) Stroke 24: 1360-1365, 1993.
  • 4) Stroke 28: 1101-1106, 1997.
  • 5) N Engl J Med 333: 5-10, 1995.
  • 6) Drugs 62: 2283-2314, 2002.
  • 7) N Engl J Med 349: 1227-1235, 2003.
  • 8) Thromb Haemost 91: 1237-1246, 2004.
  • 9) J Thromb Haemost 4: 1253-1258, 2006.
  • 10) N Engl J Med 355: 1780-1789, 2006.

2008年9月5日
朝倉英策