血液内科

血栓症と抗血栓療法のモニタリング

血液凝固検査入門(図解シリーズ)http://www.3nai.jp/weblog/entry/28676.html

疾患概念・疫学

 向血栓機序と抗血栓機序のバランスが破綻して、向血栓の方向に強く傾いた結果として、血管が血栓によって完全に閉塞した病態を血栓症という。その形成された血栓の一部が剥がれて飛来して、他の臓器の血管を閉塞すれば血栓塞栓症と呼称する(下肢の深部静脈血栓症→肺塞栓、心房細動での心内血栓→脳塞栓など)。
 血栓が形成されていても血管が完全に閉塞されずに血流が温存されている場合には比較的症状がみられにくいが、血管が血栓によって完全閉塞されると重症の症状をきたす。
 血栓症の特徴としては、以下が挙げられる。
1)突然の発症:血管の完全閉塞がみられた途端に著明な臨床症状をきたす。
2)不可逆的な機能障害の残存:片麻痺や言語障害が残存したり、最悪の場合には死にいたる。
3)再発:再発を繰り返す度に機能障害が進展する。
 特に二次予防としての抗血栓療法を行わなかった場合(あるいは怠薬の場合)の再発率は極めて高いために、ほとんどの症例で十分な抗血栓療法が行われる。

病態生理

<動脈血栓症>
  • 血流が速い環境下における血栓症。
  • 血流が早い環境下においては血小板活性化がみられやすく、血小板活性化を主病態とした血栓であるため血小板血栓と言う。
  • 病理学的には、血小板含有量の多い血栓を生じて白色血栓と言う。
  • 代表的疾患:脳梗塞(ただし心房細動を除く)、心筋梗塞、末梢動脈血栓症など。
<静脈血栓症>
  • 血流が遅い環境下における血栓症。
  • 血流が遅い環境下においては凝固活性化がみられやすく、凝固活性化を主病態とした血栓であるため凝固血栓と言う。
  • 病理学的には、血流が遅い環境下で多数の赤血球を巻き込んだフィブリン含有量の多い血栓を生じて赤色血栓と言う。
  • 代表的疾患は:深部静脈血栓症(DVT)、肺塞栓(PE)、心房細動に起因する脳梗塞(心原性脳塞栓)など。
  • なお、深部静脈血栓症と肺塞栓を合わせて静脈血栓塞栓症(VTE)と呼称。
  • 心房細動に起因する脳梗塞は血栓で閉塞する部位は脳動脈であるが、血栓形成機序は心内血液滞留であり、血流が遅い環境下の凝固血栓の性格。

診断と血液検査

  • 血栓症の確定診断には、臨床症状の他には画像診断、生理機能検査が不可欠である。
  • 代表的な疾患について、頻用される検査は以下の通りである。

1) 脳梗塞:頭部MRI、頭部CT、脳血流スキャン、脳血管造影など。
2) 心筋梗塞:心電図、心エコー、血液検査、冠動脈造影など。
3) 末梢動脈血栓症:造影CT、下肢動脈エコー、ABIなど。
4) 深部静脈血栓症:下肢静脈エコー検査、造影CTなど。深部静脈血栓症の診断には、造影CTよりも下肢静脈エコー検査の方が診断精度は高い。
5) 肺塞栓:造影CT、肺血流スキャン、血管造影など。肺塞栓が疑われたら、まず胸部造影CTを行う。

  • 血栓症は、凝固活性化状態にあるために、凝固活性化を反映するようなマーカーによる評価がしばしば有用。
  • 具体的には、DVTやPEが疑われた場合には、血中FDP、D-ダイマーの測定は不可欠である。特に、D-ダイマーは、DVTやPEの診断に際して「陰性的中率」が極めて高く、D-ダイマーが全く正常の場合には活動性のあるVTEはほぼ否定できる(陽性的中率は低いために、D-ダイマーが高いからと言ってもVTEとは限らない)。
  • また、VTEの病勢評価、心房細動などでの凝固活性化状態の評価目的に、各種凝血学的分子マーカーが有用である。
1)トロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT)
  • トロンビンとその代表的な阻止因子であるアンチトロンビン(AT)が1:1結合した複合体がTATである。
  • トロンビン産生量、すなわち凝固活性化の程度を間接的に評価できる。
  • TATは、DICや各種血栓症を疑った場合の診断や、治療効果の判定・経過観察を目的として測定される。
2)プロトロンビンフラグメント1+2(F1+2)
  • 活性型第X因子によって、プロトロンビンがトロンビンに転換する際に、プロトロンビンから遊離するペプチドがF1+2)ある。
  • トロンビン産生量を反映しており、凝固活性化マーカーである。血中半減期は、約90分である。
  • 筆者らはDIC、静脈血栓塞栓症などではTATを愛用し、ワルファリン内服時のコントロールにはF1+2も愛用している。
  • ワルファリンなどの抗凝固療法中にはコントロール良好であれば、TAT は正常下限に、F1+2は正常下限より更に低値となる。
3)SF
  • 可溶性フィブリン(SF)は、トロンビンがフィブリノゲンに作用して最終的に安定化フィブリンになる過程で形成される中間産物である。
  • 具体的には、SFはフィブリンモノマー1分子とフィブリノゲン2分子により構成された3分子複合体である。
  • SFの上昇は、トロンビンが確実にフィブリノゲンに作用したことを意味する。その点、より血栓傾向を反映している可能性がある。
4)D-ダイマー
  • 血栓(安定化フィブリン)が既に形成されてしまった後に、線溶(プラスミン)の作用によって血栓が分解されて血中に出現するのが、FDPやD-ダイマーである。
  • FDPはfibrin/fibrinogen degradation productの頭文字をとった略称であり、その名の如くフィブリンおよびフィブリノゲンのいずれが分解されてもFDPであるが、D-ダイマーはフィブリンの方のみの分解産物を反映している。つまり、FDPよりもD-ダイマーの方がより血栓分解産物を特異的に反映していることになる。
  • DICやVTEで上昇する。
5)分子マーカーの注意点
  • TAT、SF、F1+2採血困難者などでは試験管内凝固をきたし、この順番にartifactが出やすい。D-ダイマーではまずartifactが出ないのに対して、TATでは最もartifactが出やすい。
  • D-ダイマーが全く正常であるにもかかわらず他の凝固活性化分子マーカーが異常高値である場合は、偽高値の可能性も考えて再検するのが望ましい。
  • 血栓性病態の評価のためには、信頼性という観点からDダイマーは是非とも組込みたい。
  • ただし、D-ダイマーはDICや静脈血栓塞栓症では明らかに上昇するものの、例えば心房細動のような軽度の凝固活性化を評価するには鈍感という難点がある。
  • 最も新しく登場したマーカーであり、トロンビンが確実にフィブリノゲンに作用した証拠を示すSFに期待したいところであるが、今後の検討課題である。

治療(抗血栓療法)

抗血栓療法の分類
1) 抗血小板療法
2) 抗凝固療法
3) 線溶療法(血栓溶解療法)

<抗血栓療法の使い分け>
  • 動脈血栓症:血流が速い環境下で活性化された血小板が血栓形成に関与するため、この治療には抗血小板療法が有効である。
  • 静脈血栓症:血流が遅い環境下で凝固が活性化されるため、血栓形成には凝固因子の関与が大きい。このため、治療には抗凝固療法が有効である。
  • 心房細動:脳塞栓の重要な危険因子である。前述のように血栓の性格は、血流が遅い環境下の静脈血栓(凝固血栓)と類似している。有効な治療法は、抗血小板療法ではなく抗凝固療法(ワルファリンまたは直接経口抗凝固薬)である。
<直接経口抗凝固薬(DOAC/NOAC)>
  • 直接経口抗凝固薬(Direct oral anticoagulant; DOAC またはNovel oral anticoagulant; NOAC)が日本では4剤処方可能となっている。
  • ・ワルファリンとDOACの相違点:ワルファリンは「基質」としての凝固因子活性を低下させるのに対して、DOACは「活性型」凝固因子であるトロンビンやXaを抑制する点である(図7)。
  • 例えば、究極の血栓症とも言うべきDICに対して、ワルファリンを投与すると大出血をきたす懸念があり禁忌であるが、DOACを投与すると有効である可能性がある。DICは活性型凝固因子を阻止しないとコントロールできない。凝固因子の枯渇した劇症肝炎でもDICを発症する理論である。治療効果が反転することがあるくらい、ワルファリンとDOACは異なった薬剤と言うことができる。
  • 心房細動に対して保険適用のあるDOAC:ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンである。いずれも、ワルファリンと比較して効果は同等以上、出血の副作用(特に脳出血)が有意に少ない点が特長になっている。
  • VTEに対して保険適用のあるNOAC:リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンである。
<ワルファリンとDOACの使い分け>
  • ワルファリンとDOACにはそれぞれ長所と短所があるために、個々の症例の状況ごとに長所が短所を上回る薬物の方を選択する。
  • 特にDOACを選択する場合には、怠薬の影響が大きいことと、薬価が高いことは必ず患者に伝える必要がある。
  • 長期間ワルファリンで良好にコントロールされていた症例では、特殊事情がなければ敢えてDOACに切り替える必要はない。換言すれば、新しく抗凝固療法を開始する場合には、DOACを使いたい症例の方が多い。
  • DOACは、内服開始日から十分な抗凝固パワーを期待できること、逆に中断すれば翌日には抗凝固パワーが消失する点も特徴である。例えば手術を予定している患者では、DOACの場合は手術直前(手術前日または前々日など)まで投与が可能である。ワルファリンの場合は、手術の何日前に中断するか、ヘパリンブリッジをどうするかなどを考慮する必要があり煩雑である。
  • 腎障害があれば、ワルファリンとDOACのいずれであっても出血の副作用が出やすくなるが、ワルファリンであればINRでコントロールできるために、ワルファリンを使用する方が無難であろう。
  • ワルファリンはINRでコントロールしながら1日に数錠以上になる場合もあるが、DOACは1回1〜2錠(カプセル)の固定用量で良い点も、DOACの長所である。
<DOACの使い分け>
  • ダビガトランは腎排泄の影響が大きいために、腎障害のある症例では使用しにくい場合が多い(Ccr<30 mL/分では禁忌、他のDOACはCcr<15 mL/分では禁忌)。
  • 逆にその他のNOACは肝代謝主体であるため、肝障害のある症例では使用しにくい場合が多い。
  • 心房細動では、脳梗塞の再発予防効果がワルファリンより優れるのはダビガトランの通常用量(300 mg/日、分2)のみであり、効果を期待したい薬剤である。ただし、カプセルが大きく内服しにくいという意見を述べる患者もいる。また、上部消化器症状(dyspepsia)が比較的多く、非アジア人では通常用量で消化管出血が多い(アジア人では少ない)。効果重視の薬剤と言えるだろう。ワルファリン内服中に脳梗塞を発症した場合はダビガトランが適している。フィブリンに結合したトロンビンに対しても抗凝固活性を発揮する点も、他のDOACにはない魅力である。
  • リバーロキサバンとエドキサバンは、一日1回内服で良い点が患者にとって利便性に優れる場合もあるが、換言すれば怠薬の影響がより大きいとも言えよう。
  • アピキサバンは、臨床試験の結果からは副作用が少ないためにリスクの高い症例(高齢、腎障害、低体重など)で処方される傾向にあるが、リスクの高い症例ばかりに使用されると、かえって出血の副作用が目立ってしまう懸念もある。
  • DOACによって、併用薬の影響が異なるため注意が必要である。
【文献】

1) 朝倉英策:しみじみ分かる血栓止血(vol.1 DIC・血液凝固検査編)(中外医学社)2014
2) 朝倉英策:しみじみ分かる血栓止血(vol.2 血栓症・抗血栓療法編)(中外医学社)2015
3) 朝倉英策編:臨床に直結する血栓止血学(中外医学社)2018年改訂中

2018年6月9日
朝倉英策