呼吸器内科

非小細胞肺癌治療の最前線

悪性腫瘍は本邦の三大死因の一つと言われている。肺癌は、1990年代に胃癌の死亡数を抜き、今や日本人の国民病というべき疾患である。
さらに悪性腫瘍の中でも肺癌は難治とされ、早期発見早期治療は言うまでもなく、進行肺癌の治療法の進歩がこれからの呼吸器疾患の診療に大きな比重を占めるようになる。

肺癌は従来、組織型から小細胞肺癌と非小細胞肺癌(扁平上皮癌、腺癌、大細胞癌)に分類され治療法が検討されてきた。
20世紀末から21世紀初頭にかけて行われた進行非小細胞肺癌を対象とした大規模臨床試験[1, 2]の結果では、
これらに対する標準的化学療法はプラチナ製剤(シスプラチンまたはカルボプラチン)に第三世代と呼ばれる抗がん剤(パクリタキセル、ドセタキセル、ゲムシタビン、イリノテカン、
ビノレルビン)を組み合わせた2剤併用療法である。進行非小細胞肺癌ではこれらの治療により奏効率が30%前後、1年生存率が40-50%であり、患者のQuality of Life(QOL)の改善に有用であることが証明されてきた。
この重要性はいまだにかわるものではないが、近年の分子生物学的進歩や分子標的薬剤の開発により非小細胞肺癌の中でも予後や治療成績に大きな差があることが明確となり、様変わりをしてきた。
すなわち、非小細胞肺癌では
第一群:上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor, EGFR) 遺伝子変異を有する肺癌
第二群:がん遺伝子Krasの遺伝子変異を有する肺癌
第三群:上記のいずれの遺伝子変異も有していない肺癌
の3通りに分類される。
1、
第一群は非喫煙者、腺癌の症例に多く、時として、肺胞上皮癌の組織学的特徴を有することもある。これらの症例に対してはEGFRチロシンキナーゼ阻害剤が有効であり、奏効率70-90%、無再発生存期間10カ月弱、
全生存期間は20カ月を超える。上記の大規模臨床試験の結果から見ても倍近い有用性があると考えられ、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤の投与が相応しい[3-5]
2、
第二群のがん遺伝子Kras遺伝子変異を有する症例は、おもに喫煙者に多い。第一群のEGFR遺伝子変異と、このKras遺伝子変異はたがいに排他的関係にあり、
一人の症例で両方の遺伝子変異が存在することは極めてまれである。これらの症例の予後は不良である。EGFRチロシンキナーゼ阻害剤の有用性は乏しく、Kras遺伝子変異陽性例がこれらの薬剤に奏効することもほとんどない。
3、
第三群はこれらいずれも有しない症例である。これらの症例に対しては従来の化学療法がおこなわれるが、劇的な治療効果が認められることは少ない。
しかし、これらの症例にもその他の遺伝子変異があることが示唆され、現在治療薬剤の開発が進行中である。

中でも、
Vascular Endothelial Growth Factor(VEGF)をはじめとする血管新生因子に対する薬剤が注目される。BevacizumabはVEGFに対する抗体であり、
各種の固形腫瘍に対して有用性が示されている。非小細胞肺癌に関しては標準的化学療法であるカルボプラチン+パクリタキセルにBevacizumabを追加することで、
全生存期間を有意に延長することが知られており[6]、今後の展開が期待される。
また興味深いことに、上記のEGFRに対する抗体cetuximabはEGFR遺伝子変異有無にかかわらず、標準的化学療法に上乗せすることで生存期間を有意に延長した。
残念なことにこの薬剤も第二群のKras遺伝子変異陽性症例に対しては有用性が乏しいと考えられており、第三群の症例に対して今後用いられることになるであろう。

現在の非小細胞肺癌の治療の現状と今後の展開と大胆に予想した(図1)。分子標的治療が導入されつつある悪性腫瘍、特に肺癌の化学療法はdrasticに変化するであろう。
文献

  • 1) Keller SM, Adak S, Wagner H et al. A randomized trial of postoperative adjuvant therapy in patients with completely resected stage II or IIIA non-small-cell lung cancer. Eastern Cooperative Oncology Group. N Engl J Med 2000; 343: 1217-1222.
  • 2) Ohe Y, Ohashi Y, Kubota K et al. Randomized phase III study of cisplatin plus irinotecan versus carboplatin plus paclitaxel, cisplatin plus gemcitabine, and cisplatin plus vinorelbine for advanced non-small-cell lung cancer: Four-Arm Cooperative Study in Japan. Ann Oncol 2007; 18: 317-323.
  • 3) Sone T, Kasahara K, Kimura H et al. Comparative analysis of epidermal growth factor receptor mutations and gene amplification as predictors of gefitinib efficacy in Japanese patients with nonsmall cell lung cancer. Cancer 2007; 109: 1836-1844.
  • 4) Inoue A, Suzuki T, Fukuhara T et al. Prospective phase II study of gefitinib for chemotherapy-naive patients with advanced non-small-cell lung cancer with epidermal growth factor receptor gene mutations. J Clin Oncol 2006; 24: 3340-3346.
  • 5) Tamura K, Okamoto I, Kashii T et al. Multicentre prospective phase II trial of gefitinib for advanced non-small cell lung cancer with epidermal growth factor receptor mutations: results of the West Japan Thoracic Oncology Group trial (WJTOG0403). Br J Cancer 2008; 98: 907-914.
  • 6) Sandler A, Gray R, Perry MC et al. Paclitaxel-carboplatin alone or with bevacizumab for non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 2006; 355: 2542-2550.

2008年9月5日
笠原寿郎