トランサミン(5):APL、ATRA、副作用(血栓症)
【APL合併DICに対するトラネキサム酸投与の是非】
<APLと線溶亢進型DIC>
急性前骨髄球性白血病(acute promyelocytic leukemia:APL)は、典型的な線溶亢進型DICを発症します。DICに対して適切な治療が行われませんと、脳出血を含め、致命的な出血をきたすことがあります。
<APLとATRA>
急性白血病の中でも、APLに合併したDICの特殊性として、all-trans retinoic acid(ATRA)による治療が行われることがあります。ATRAは、APLの分化誘導としても有効であるが、APLに合併したDICに対してもしばしば著効します。しかも、APLの分化誘導に成功するよりも遥かに早く、DICの改善傾向をもたらすことも多いです(1〜2日くらいのこともあります)。これに伴い、出血症状も速やかに消退することがしばしば経験されます。
<APLにおける線溶亢進型DICの発症機序>
APLにおいてDICを発症する原因は、他の急性白血病と同様に、白血病細胞中に含有されている組織因子(tissue factor:TF)による外因系凝固機序の活性化と考えられています。
さらに、APLにおいて線溶亢進型DICを合併する理由は、APL細胞に存在するアネキシンIIの果たす役割が大きいと考えられています(関連記事)。アネキシンIIは、t-PAと、プラスミノゲンの両線溶因子と結合することが可能ですが、このことで、t-PAによるプラスミノゲンの活性化能が飛躍的に高まることが知られています。
<ATRAによるDICの変貌>
大変興味深いことに、APLに対してATRAを投与しますと、APL細胞中のTFが抑制されることに加えて、上記のアネキシンIIの発現も強力に抑制されることが知られています。このために凝固活性化と線溶活性化に同時に抑制がかかり、APLのDICは速やかに改善するものと考えられています。
ただし、ATRAによるアネキシンII発現の抑制は相当に強力であるらしく、APLの著しい線溶活性化の性格は速やかに消失します。APLの線溶亢進型DICの性格は、線溶抑制型DICに変貌します。
<ATRA投与時にはトランサミンは禁忌>
APLに対してATRAを投与している場合に、トラネキサム酸(商品名:トランサミン)を投与すると全身性血栓症や突然死の報告が多数みられます。
APLに対してATRAを投与している場合には、トラネキサム酸は絶対禁忌です。
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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 06:27 | 出血性疾患
トランサミン(4):線溶亢進型DICに対して
トランサミン(3):有効な病態 から続く
【線溶亢進型DICに対するトラネキサム酸投与の是非】
<DICに対する抗線溶療法の基本的考え方>
まず、DICに対するトラネキサム酸(商品名:トランサミン)などの抗線溶薬の投与は原則禁忌であることを強調しておきたいと思います。
DICにおける線溶活性化は、血栓を溶解しようとする生体の防御反応の側面もありますので、これを抑制することは生体にとって不利益です。実際、DICに対して抗線溶療法を行った場合に、全身性血栓症の発症に伴う死亡例の報告が複数みられています。
特に、敗血症などの重症感染症に合併したDICにおいては、プラスミノゲンアクチベータインヒビター(plasminogen activator inhibitor:PAI)が著増し線溶抑制状態にありますので、多発した微小血栓が残存しやすい病態です。このような病態に対して、抗線溶療法を行うことは理論的にも問題があり、絶対禁忌です。
敗血症症例に対して抗線溶療法を行ったという臨床報告はみられませんが、我々の検討によりますと、敗血症DICと病態が近似したLPS誘発DICモデルに対してトラネキサム酸を投与すると、臓器障害は著しく悪化し死亡率も高くなるという結果を得ています。
<線溶亢進型DICに対する抗線溶療法>
一方、重症の出血症状をきたした線溶亢進型DICに対して、ヘパリン類(ダナパロイド、低分子ヘパリンなど)の併用下にトラネキサム酸を投与しますと、出血症状が劇的に改善することがあるのも事実です。
ただし、線溶亢進型DICに対してトラネキサム酸が許されるのは、以下の条件が全て満たされている時に限定されます。
1) 線溶亢進型DICの病態診断が間違いないこと(以下の表を参照)。
2) 重症出血のコントロールをできずに苦慮していること。
3) 必ずヘパリン類(ダナパロイド、低分子ヘパリンなど)との併用下であること。
4) 専門家に日々コンサルトできる状態にあること(誤った治療法は血栓症の副作用のため致命症になることがあるためです)。
なお、上記の条件を満たさない線溶亢進型DICに対しては、メシル酸ナファモスタット(商品名:フサンなど)の投与が無難です。実際、極めて重症でなければ、メシル酸ナファモスタットは線溶亢進型DICに対して著効いたします(高カリウム血症の副作用には注意)。
表:線溶亢進型DICの病態診断を行うための指針
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1. 必須条件:TAT≧20μg/lかつPIC≧10μg/ml(※)
2. 検査所見:下記のうち2つ以上を満たす
1) FDP≧80μg/ml
2) フィブリノゲン<100mg/dl
3) FDP/DD比の高値(DD/FDP比の低値)
3. 参考所見:下記所見がみられる場合、さらに重症出血症状をきたしやすい。
1) 血小板数低下(<5万/μl)
2) α2PI活性低下(<50% )
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(※)この必須条件を満たす場合は典型例である場合が多い。TATやPICが、上記の7〜8割レベルの上昇であっても、線溶亢進型DICの病態と考えられることもある。
(続く)
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