金沢大学・血液内科・呼吸器内科
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2009年08月19日

トランサミン:上気道炎(扁桃炎、咽喉頭炎、感冒)での是非


トラネキサム酸
(商品名:トランサミン)は、何と言っても、止血剤(抗線溶薬)として有名なお薬です。

一方で、抗炎症効果を期待して、上気道炎、いわゆる風邪(かぜ)などでも、しばしば処方されることがあります。

 

推薦図書:「臨床に直結する血栓止血学」 トランサミンについても詳述されています。

線溶

線溶活性化の最終段階でプラスノゲンはプラスミンに転換し、このプラスミンが血栓を溶解します(その分解産物がFDPやDダイマーです)。

プラスミンは、血管内に形成された病的血栓を溶解する場合には生体にとって有利に作用しますが、過剰なプラスミンは止血のための生理的血栓(止血血栓)をも溶解して、出血の原因となることがあります。トラネキサム酸は、過剰な線溶活性化を抑制することによって止血血栓を安定化して止血効果を期待する薬物なのです。

上記に加えて、トランサミンは、血管透過性の亢進、アレルギーや炎症性病変の原因になっているキニンなどの産生を抑制することにより、抗アレルギー・抗炎症作用も示すことが知られています。



そのために、トランサミンは、以下の疾患、病態に対して、効能・効果を有しています。

1)全身性線溶亢進が関与すると考えられる出血傾向

2)局所線溶亢進が関与すると考えられる異常出血

3)湿疹及びその類症、蕁麻疹、薬疹・中毒疹における紅斑・腫脹・そう痒などの症状

4)扁桃炎、咽喉頭炎における咽頭痛・発赤・充血・腫脹などの症状

5)口内炎における口内痛及び口内粘膜アフタ


上記のうち、1)2)は抗線溶効果、3)4)5)は抗炎症効果を期待したものです。



ただし、トランサミンを、止血薬(抗線溶薬)として用いる場合であっても、抗炎症効果を期待して用いる場合であっても、安易な使用は謹むべきと考えられます。

止血剤としてのトランサミンは、種々の出血に対して処方されますが、最も効果を発揮するのは全身性の線溶活性化が原因の出血です。換言いたしますと、それ以外の出血に対する効果は限定的と考えられます。

たとえば、出血性素因が不明な場合の種々出血(鼻出血、紫斑など)に対しても、しばしばトランサミンが投与されますが、この場合も有効性に関して過度な期待を持たない方が良いと思われます。


むしろ、血尿に対してトランサミンを投与しますと、凝血塊が溶解されにくくなり尿路結石の原因になることがあるため注意が必要です。


抗炎症効果に関しても過剰な期待を持てない点は、多くの臨床家が実感しているところではないでしょうか。


上記のように、トラネキサム酸トランサミン)が本当に効果を発揮できる臨床病態の評価が重要であることに加えて。。。

 


トランサミンは、血栓症という極めて重大な副作用の発現がありうる点を熟知しておく必要があります。




線溶は、生体内においては形成された血栓を溶解するという観点から、生体防御反応的意味合いを有しています。

たとえば、究極の血栓症とも言える播種性血管内凝固症候群(DIC)においては、全身臓器の細小血管に微小血栓が多発しますが、同時進行的に線溶も活性化して血栓が溶解しています。この時の線溶活性化が適度であれば、まさに生体防御反応と言うことができます。

DICに対する抗線溶薬の投与は、この折角の生体防御反応をブロックしてしまうことになるのです。


実際、DICに対して抗線溶療法を行った場合に、全身性血栓症の発症に伴う死亡例の報告が複数みられています。


特に、重症感染症(敗血症など)に合併したDICにおいては、線溶阻止因子PAI(PAIは急性期反応物質でもあります)が著増し線溶抑制状態にあるため、多発した微小血栓が残存しやすい病態です。このような病態に対して、抗線溶療法を行うことは理論的にも問題があり、絶対禁忌と言えます。

人道的な観点から、敗血症症例に対して抗線溶療法を行ったという臨床報告はみられませんが、管理人らの検討によりますと敗血症DICと病態が近似したLPS誘発ラットDICモデルに対してトランサミンを投与しますと、臓器障害は著しく悪化し死亡率極めて高くなりました。


上気道炎(扁桃炎、咽喉頭炎など)も感染症の一種ですので、重症例では線溶阻止因子PAIの上昇が容易に予想されます。このような病態で、安易にトランサミンを投与してさらに線溶を抑制することは、血栓症の誘発を避けるという意味でも謹むべきではないかと考えられます。


高齢者では血管内皮の生理的な抗血栓作用が減弱しています。より血栓症を誘発しやすい懸念がありますので、特に注意が必要と考えられます。

 

(補足)

念のためですが、 上気道炎(扁桃炎、咽喉頭炎など)に対してトランサミンを投与してはいけないと言っているわけではございません。安易な投与は慎むべきという考え方です。



【参考記事】

トラネキサム酸(トランサミン)

播種性血管内凝固症候群(DIC)(図解)



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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 06:02| 出血性疾患 | コメント(0)

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