モエシンと再生不良性貧血:金沢大学血液内科 中尾教授より-8
再生不良性貧血とT細胞:金沢大学血液内科 中尾教授より-7 より続く
【瓢箪から駒】
これとは別に中条君は、再生不良性貧血症例の血清中に、ある骨髄性白血病細胞株由来の80kD蛋白に対する自己抗体が存在することを見出していました。
その頃には、ポリアクリルアミドゲル上で識別される一本のバンドから、そこに含まれる微量の蛋白を質量分析で同定できるようになっていたのですが、細胞のライセートを用いた電気泳動では、抗体で認識される一本のバンドといっても挟雑物が多いため、抗原分子の特定には至りませんでした。
もしこの抗体が病態に関わる重要なものであるとすれば、先に述べた理由でそれは造血幹細胞上のGPI-アンカー膜蛋白を認識する抗体の可能性があります。
もしそうだとすれば、PIPL-Cという酵素で細胞表面のGPI-アンカー膜蛋白を切断してやれば、自己抗体は培養上清中のGPI-アンカー膜蛋白を認識するかもしれないと考えました。
高松博幸君がそのような実験を行ったところ、ライセートを材料に用いた時と同じ大きさのバンドが患者血清中の抗体によって検出されました。見事に予想が当たったと喜んだのですが、実際にはこの抗原はGPI-アンカー膜蛋白ではなく、細胞内リンカー蛋白のモエシンであることが分かりました。
モエシンは、エクソゾームという小胞体構造物として細胞から短時間で培養液中に分泌されるという性質を持っています。このため、PIPL-Cによる切断とは無関係に、たまたま上清中に存在したモエシンが抗体で認識され、それが一本のきれいなバンドを形成したために、質量分析による同定が可能になったという訳です。
このモエシンは再生不良性貧血を引き起こす自己抗原ではなかったものの、免疫担当細胞にサイトカイン産生を誘導するという特異な機能を持つ自己抗体であることが、その後の高松君やルイス・エスピノーザ君の研究で明らかになりました。
本来の予想とは違ったのですが、細胞上清中の蛋白を調べるという突拍子もないアイデアがなければ、この抗体が認識する抗原は未だに不明のままだったのではないかと思います。
(続く)
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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 07:04| 血液内科