金沢大学・血液内科・呼吸器内科
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2009年4月14日

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):治療

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):症状&診断から続く。

 

DVTの治療

 

 【深部静脈血栓症/肺塞栓の治療】

静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)、すなわち深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)&肺塞栓(pulmonary embolism:PE)の治療です。上図では、一応、網羅的に列挙しましたが、何と言っても基本は抗凝固療法です。

<急性期の治療>

低分子ヘパリン(商品名:フラグミン)、ダナパロイド(商品名:オルガラン)、未分画ヘパリンと言った抗凝固療法(点滴or注射製剤)から選択します。


●未分画ヘパリン

10,000〜20,000単位/24時間くらいで投与することが多いです。APTTを〜倍に延長させるように(たとえば2倍に延長させるように)という投与方法が欧米の教科書では推奨されていますが、管理人はこのような方法には疑問を感じています。日本人で、APTT2倍にも延長させるような投与方法はむしろ出血の副作用を増強させる懸念の方が大きいと考えています。むしろ、APTTがあまり延長させないようにヘパリンを投与する方が上手な投与方法であることが多いと考えています。

そもそもAPTTが延長することとヘパリンが効いているかどうかは無関係です。ヘパリンの効果は、FDPDダイマーTATなどで評価すべきでしょう。ただし、このあたりの考え方は専門家の間でも意見が分かれるところです。

なお、特にICUで管理されている患者さんでは、動脈ラインから採血されることがしばしばあると思いますが、動脈ラインのヘパリンがほんのわずかでも混入しますと、APTTは著しく延長しますので、注意が必要です。


●フラグミン:

低分子ヘパリンの中のフラグミンは、DICにしか保険収載されていません。DVT/PEには保険が認可されていないのですが、未分画ヘパリンよりもいろんな点ですぐれた薬剤です。本来であれば、欧米でのようにDVT/PEの治療にも低分子ヘパリンを使用したいところです。なお、クレキサンという低分子ヘパリンは、整形外科手術後のDVT予防目的に使用することができますが、残念ながら治療目的には使用できません。

フラグミンを使用可能な場合には、75単位/kg/24時間で使用します(通常4,000〜5,000単位/24時間くらいの使用量になります)。未分画ヘパリンとは単位の使い方が違いますので注意が必要です。


●オルガラン:

これも優れた薬剤ですが、残念ながら日本ではDICにのみ保険収載されています。この薬剤は半減期が20時間と長いために、1日2回の静脈注射のみで持続した効果を期待できるのが魅力です。そのため、24時間持続点滴で患者様を拘束する必要がありません。もし本薬を使用可能な場合は、DICに準じて、1,250単位を、1日2回静脈注射します。


<慢性期の治療>

ワルファリン(商品名:ワーファリン)による抗凝固療法(経口薬)を行います。通常PT-INR2〜3(トロンボテスト換算で、TT 9〜17%)程度のコントロールを行います。

2.の線溶療法は、別途下記させていただきます。
3.の下大静脈フィルターは、ごく限られた適応です。
4.の弾性ストッキングはむしろ予防としての意義の方が大きいです。
5.の手術が必要になることは、極めて例外的です。おそらく1%もないと思います。

 

 

【深部静脈血栓症/肺塞栓に対する線溶療法の是非】

血栓溶解療法線溶療法とも言います)は、文字通り血栓を溶解する治療です。

いろんな血栓症に対して行われています。心筋梗塞、一部の超急性期の脳梗塞などに行われています。線溶療法に成功しますと、臨床症状が劇的に改善します。このため、臨床家としても全例の血栓症に対して行ってみたいという誘惑にかられることがあります。ただし、出血の副作用には十分な注意が必要です。たとえば、適応のない脳梗塞に対して不適切な線溶療法を行いますと、脳出血を合併して、かえって予後が悪くなることがあります。

さて、静脈血栓塞栓症(VTE)、すなわち深部静脈血栓症(DVT)&肺塞栓(PE)に対してはどうでしょう?

実は、静脈血栓塞栓症に対する線溶療法は、むしろ行わない方が良い場合の方が多いのです。最近報告された一流誌の総説論文でも、むしろ線溶療法を行いすぎないようにと警鐘をならしています。


<深部静脈血栓症(DVT)に対する線溶療法>

一般的には推奨されないとされています(超重症の場合の四肢救済目的を除く)。むしろ、線溶療法を行うことによって、血栓の遊離を促して、肺塞栓をおこしやすくなるという考えがあるくらいです。また、出血の副作用の懸念があります。DVTで、線溶療法が必要な例は、おそらく1割もないのではないかと思います。


<肺塞栓(PE)に対する線溶療法>

ショックなど血行動態が不安定な重症例にのみ適応があります。軽症例に行いますと、出血の副作用の方が強く出てしまって良いことはありません。

管理人は、線溶療法が、静脈血栓塞栓症に対して安易に使われすぎているのではないかと懸念しています。むしろ、線溶療法を行いたい気持ちを抑えるのが、静脈血栓塞栓症の治療のポイントではないかと思っています(繰り返しになりますが、重症例では適応がありますが、症例はごく限られているでしょう)。

やはり、静脈血栓塞栓症の治療の基本は、抗凝固療法、すなわち、急性期のヘパリン類、慢性期のワーファリンと考えられます。

 

(続く)

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):予防、ガイドライン

深部静脈血栓症/肺塞栓(インデックスページ)クリック



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ロングフライト血栓症

閉塞性動脈硬化症

 

ヘパリン類(フラグミン、クレキサン、オルガラン、アリクストラ)

ヘパリン類の種類と特徴(表)

低分子ヘパリン(フラグミン、クレキサン)

オルガラン(ダナパロイド )

アリクストラ(フォンダパリヌクス)

プロタミン(ヘパリンの中和)

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投稿者:血液内科・呼吸器内科at 06:57 | 血栓性疾患 | コメント(0) | トラックバック(0)

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):症状&診断

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):整形外科手術、地震災害 から続く。

 



【深部静脈血栓症/肺塞栓の症状】

DVT症状


深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)と肺塞栓(pulmonary embolism:PE)の臨床症状は、典型例から非典型例までいろいろです。

 

DVTの症状

1.疼痛
2.腫脹(末梢まで腫脹)
3.発赤
4.熱感
5.Homan’s sign(足の背屈で腓腹部に疼痛)

 


PEの症状

1.突発的な胸痛、呼吸困難
2.血痰、喀血
3.ショック
4.意識消失
5.無症状も少なくない


典型例では、上記のような臨床症状がみられます。

ただし、DVT、PEともに、全く症状がなく検査(下肢静脈エコー、胸部造影CTなど)によって初めて分かるということも少なくありません。ただし、臨床症状がないから大丈夫かと言いますと、そういう訳ではありません。

たとえばDVTの場合、下肢の腫脹のないDVTの方が、血流によってかえって血栓が遊離してPEを起こしやすいという考え方もあるのです。

 

 

 

【深部静脈血栓症/肺塞栓の診断】

DVT診断

深部静脈血栓症(DVT)と肺塞栓(PE)の診断は、いずれも、画像診断が基本的診断法になります。

DVTは、以前はRIベノグラフィーが中心的役割を果たしていた時代もありますが、現在は下肢静脈エコーが中心的役割を果たしています。DVT診断は、下肢静脈エコーなしには語れないと言っても過言ではないでしょう。造影CTを行うこともありますが、造影CTは肺塞栓の診断には有効ですが、DVT診断という観点からは下肢静脈エコーに軍配があがります。

PEは、まず造影CTを行って、致命的なPEがないか早々にチェックします。ただし、末梢レベルのPE診断には、肺血流スキャンが有効です。

DVT&PEを同時にチェックしたいということであれば、造影CTと下肢静脈エコーの組み合わせが最強かも知れません。

ただし、これらと肩を並べるようにとても大事な検査があります。それは、Dダイマーという検査です。この検査は、威力を発揮します。

 

 

【Dダイマーの威力】

血液検査のDダイマーは、今では深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓(PE)の診断になくてはならない重要な検査です。

Dダイマーがどのようなものかについては、以前の記事もご参照いただければと思います(Dダイマー関連記事)。

もちろん、画像診断は基本的診断法ではありますが、Dダイマーは画像診断と同等以上の価値があります。それは、DVT&PE診断における、Dダイマーの陰性的中率の高さです。2003年に、N Engl J Medという一流雑誌に報告されました。

陰性的中率(negative predictive value:NPV)が高いというのはどういうことかと言いますと、Dダイマーが正常であれば、DVT&PEを否定できるという意味です。

検査の中には侵襲的な検査もあるなかで、Dダイマー血液検査をするだけです。
しかも、最近では大病院でなくても簡単に設置できるコンパクトなタイプのDダイマー測定機器も登場してきています。

もし、Dダイマーが正常であることが分かりますと、そのあとの検査を簡略化できる可能性があるのです。現在、DVT&PE診断におけるDダイマーの地位は極めて高いものになっていますが、その理由は、素晴らしい陰性的中率の高さにあります。

なお、念のためですが、陽性的中率は高くありません。確認しておきたいと思います。Dダイマーが高いからと言ってもDVTという訳ではありませんが、Dダイマーが正常であればDVTを否定できるという訳です。

Dダイマーが正常であれば、ほとんど100%DVTを否定できるというのは極めてパワフルなマーカーということができます。

 

(続く)

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):治療

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深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):整形外科手術、地震災害

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群):概念  から続く。


関連記事:地震災害とエコノミークラス症候群(肺塞栓)



【整形外科手術と深部静脈血栓症】

深部静脈血栓症(deep vein thrombosis :DVT)や肺塞栓(pulmonary embolism:PE)は、日本人には少ない病気ではないかと考えられてきた歴史があります。しかし、それは大きな間違いでした。

たとえば、整形外科手術後には、高頻度でDVTを発症しますが、日本人での発症頻度と欧米人での発症頻度はほとんど変わりません。

人工股関節置換術(THA)後には、日本人でも 20〜30%でDVTを発症しますし、人工膝関節置換術(TKA)後には、 50〜60%でDVTを発症します。これらの発症頻度は、欧米人とほとんど同じです。日本人においても、整形外科術後のDVT発症率はとても高いことがわかります。

上記の手術対象疾患は、通常悪性疾患ではなく良性疾患です。手術が成功しても、術後に深部静脈血栓症→肺塞栓(いわゆるエコノミークラス症候群)を発症して、致命症になっては大変です。近年、フォンダパリヌクス(商品名:アリクストラ)エノキサパリン(商品名:クレキサン)などのヘパリン類が、術後DVT発症予防薬として、速やかに保険収載されました。当局としても、術後DVT発症予防に力を入れていることが伺えます。

さて、人工股関節置換術(THA)後と、人工膝関節置換術(TKA)後を比較した場合に、なぜ後者の方がDVTの発症率が高いのはなぜでしょうか? 後者手術の場合は、手術に際して、手術部位の近位も遠位も駆血します。そのために、血流がより鬱滞しやすく、血栓を形成しやすいようです。

 

 

【地震災害と深部静脈血栓症】

地震災害

深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群)について知っておかなければいけないこととして、地震災害時の発症をあげることができます。

先の、新潟中越大震災の際に、被災者、特に車中泊をされていた方々に深部静脈血栓症/肺塞栓が多発されたことが知られています。車中泊を行っていますと、下肢をあまり動かすことができずに筋肉ポンプが働きません。そうしますと、下肢に血液が淀むために血栓(深部静脈血栓症)ができやすくなるのです。

地震小康時に車外にでますと、歩行に伴う筋肉収縮とともに一気に下肢の筋肉ポンプが働きます。下肢に形成された血栓が筋肉ポンプの作用によって飛んで肺動脈に閉塞しますと、肺塞栓です。致命症になることがあるのです。

このことを教訓に、日本でのその後の地震では、車中泊はほとんど行われなくなっているようです。

当時の地震の際に、とても貴重な検討がなされています。巡回診療により、車中泊の方のDVT/PEの有無を検討したものです。何と、驚くべきことに、約3割の方でDVT/PEが検出されています。車中泊がいかに良くないかを示す成績ではないかと思います。


2007年の能登半島地震
では、車中泊はほとんど無かったと聞いています。

しかし、それにもかかわらず、被災地での検査(下肢静脈エコー)の結果では、1割を超える方に、深部静脈血栓症(DVT)が見つかったと聞いています(当院検査部ボランティア活動からの情報)。つまり、地震災害では、車中泊以外の要素も、深部静脈血栓症/肺塞栓(エコノミークラス症候群発症)発症と関連しているようです。



地震災害時のエコノミークラス症候群発症の原因

1)下肢を動かさない状態:

車中泊は良くないです。また、弾性ストッキングを着用して下肢静脈血流を良くしましょう。なお、ボランティア活動の一環として、被災地にはしばしば大勢分の弾性ストッキングが搬入されると聞いています。


2)脱水状態

十分な水分を摂取できない状態が予想されます。脱水は血液粘度を高め、血栓症を誘発します。


3)ストレス

地震災害時のストレスはどうしようもないかも知れません。


4)睡眠薬

睡眠薬による血管拡張作用(血液が滞留しやすくなる)、睡眠薬により睡眠中の動きが少なくなることなどが原因ではないかと考えられます。地震に伴う不眠が予想されますが、深部静脈血栓症には留意が必要です。


なお、車中泊はしない方が良いのですが、特殊状況下では車中泊をせざるをえないことがあるかも知れません。管理人は、車の中には、家族全員分の弾性ストッキングを保管しておいてはどうかと、真剣に考えています。

 

(続く)

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